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Tuesday, May 17, 2005

殉教精神とホモソーシャル

はてなid:otokinokiさんのエントリより創作題材にしやすい新選組、という話題。

前段の小池一夫氏についてはコメント欄で活発にやりとりされているので置いといて、俺が思う”創作意欲の契機になっているのでは”と思うのは、タイトルに書いてる2点も大きいのかなと考えてちょっとエントリしてみた。

より正確に書くと「殉教精神と(加えて)ホモソーシャル」という骨格とそれが史実にあった(しかも悲劇的な結末を迎える)というノンフィクション要素によってより強固な創作意欲に結びついていくんではないかと思われたのでそこをポイントに話を進めてみる。

で、殉教精神というのは広義に捉えてもらいたいんだけれども、要は何かに(死を賭して)準じる行為も厭わないという姿勢の事。これはotokinokiさんの取り上げている南総里見八犬伝や水滸伝などにも見られる要素なんだけど、新選組の場合はこれに加えて色濃くホモソーシャルの要素が蔓延している。しかも史実としてバッドエンディングが規定されていて、なおかつ個々のキャラクターほとんどに悲劇性が付属している(*)ということであれば、史実として認めざるを得ないエンドは受け入れつつも、せめてそこに向かっていくキャラクターとしての彼らに花を持たせてやりたいと思わせるのではないかなと思う次第。

根拠としては、「カップリングだ俺エンドだ」と好き放題やっている二次創作物に関しても見渡した限りでは新選組のエンディングをいじっているのがあまり見受けられないこと(ファンが新選組そのものに時代小説的な捉え方をしていてそれを許さない雰囲気があるようだけれども)や、コミック化した新選組作品が押しなべて悲劇に向かう漢達を描いていることからの類推、かな。

(*)創作要素は大きいとはいえ結核で挫折する沖田、幕府に踏みにじられ挫折(切腹)する近藤、それを認められずに最後まで抵抗する土方、とこれだけ揃われると作品にしたがらないのがおかしいと思うのは言い過ぎか。

新選組歴史館動乱の章

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